江戸時代は季節によって1時間の長さが違った? 昔の時間の数え方

公開日:2026年10月14日
文=シブチカ落語研究所
夏の午後7時半と、冬の午後5時。
江戸時代にはどちらも「暮れ六つ(くれむつ)」と呼ばれていました。
しかも、違っていたのは時刻の呼び方だけではありません。江戸時代には、夏と冬で「1時間」にあたる時間の長さそのものが変わっていたのです。
今なら1時間はいつでも60分。夏でも冬でも、昼でも夜でも変わりません。では、昔の人はどうやって時間を数えていたのでしょうか。
実は、この仕組みを知ると、落語『時そば』の有名な仕掛けや、「おやつ」「丑三つ時」といった言葉の由来まで分かってきます。
夏と冬では「1時間」の長さが違った?
江戸時代の日本では、現在とは違う「不定時法(ふていじほう)」という時間の数え方が使われていました。
仕組みは意外と単純です。
まず、夜明けから日暮れまでを「昼」、日暮れから翌朝の夜明けまでを「夜」とします。そして、昼と夜をそれぞれ6等分して、時間を数えていたのです。
この6等分した一つ分を「一刻(いっとき)」と呼びました。
ここで問題になるのが、夏と冬では昼の長さが違うことです。
夏は日の出が早く、日が暮れるのも遅い。反対に冬は、日が昇るのが遅く、夕方には暗くなってしまいます。
同じように昼を6等分すると、夏の一刻は長くなり、冬の一刻は短くなります。夜の一刻は、その反対です。
つまり、江戸時代の一刻は、現代のように一定の長さではなかったのです。
ちなみに、昼と夜の境目は厳密な日の出・日の入りの瞬間ではなく、その前後の薄明るい時間を基準にしていました。
そのため、時刻の名前も独特です。
朝、空が明るくなる頃が「明け六つ」。夕方、日が暮れる頃が「暮れ六つ」。
日本時計協会の資料によると、江戸時代の「暮れ六つ」は、現在の時計に直すと、6月後半には午後7時半すぎ、12月後半には午後5時すぎにあたります。
同じ「暮れ六つ」でも、季節によってこんなに違うのです。
今の感覚では不便そうですが、電気のない時代には、明るくなったら活動を始め、暗くなったら仕事を終えるという暮らしは自然なものでした。
江戸の人々は、私たちよりもずっと太陽の動きに合わせて一日を過ごしていたのです。
「九つ」の次は「八つ」? 落語『時そば』の数字のトリック
江戸時代の時刻には、もう一つ不思議なところがあります。
それは、時間が進むにつれて、数字が減っていくことです。
時刻は「九つ、八つ、七つ、六つ、五つ、四つ」の順番で数えられ、四つの次はまた九つに戻ります。
そして、この順番が一日に二回繰り返されます。
お昼の12時頃は「昼九つ」、真夜中の0時頃は「夜九つ」。そこから、だいたい一刻ごとに八つ、七つと数字が減っていくのです。
今の時計しか知らないと、ずいぶん奇妙な数え方に思えますよね。
この仕組みを巧みに利用したのが、古典落語の『時そば』です。
ある夜、一人の男が屋台のそばを食べます。代金は16文。男は細かい銭を一枚ずつ、そば屋の手に渡しながら数え始めました。
「一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ……」
そこで突然、男はそば屋に尋ねます。
「今、何どきだい?」
「九つでございます」
すると男は、そのまま「十、十一、十二、十三、十四、十五、十六」と数え終え、さっさと帰ってしまいました。
お気づきでしょうか。
男は、そば屋が答えた時刻の「九つ」を、銭を数える「九」の代わりにしてしまったのです。
16文払ったように見せかけて、実際には15文しか払っていません。
この様子を見ていた別の男が、翌晩、同じことを試そうとします。
ところが、今度は出かける時間が早すぎました。
八文まで数えて「今、何どきだい?」と聞くと、そば屋の答えは「四つ」。
男は仕方なく「五つ、六つ……」と続きを数えてしまい、今度は16文のそばに20文も払う羽目になります。
最初の男は1文得をしたのに、真似した男は4文の損。
『時そば』の笑いは、江戸時代の時刻の数え方を知ると、すんなり理解できます。
ちなみに、上方落語には、同じ仕掛けを使った『時うどん』という噺もあります。
長さが変わる時間を、時計はどうやって測った?
時間の長さが季節によって変わるとなると、気になることがあります。
そんな複雑な時間を、時計はどうやって示していたのでしょうか。
江戸時代には、すでに機械式の時計がありました。しかし、ヨーロッパから伝わった時計は、時間を一定の長さで測る仕組みです。
そこで日本では、不定時法に合わせた独自の時計が作られました。
それが「和時計(わどけい)」です。
和時計には、季節によって機械の動く速さを調整するものや、文字盤の目盛りの間隔を動かせるものなどがありました。
今の時計なら、文字盤の数字の間隔はいつでも同じです。しかし、和時計の中には、季節に合わせて目盛りの位置そのものを変えられる仕組みがあったのです。
セイコーミュージアムには、こうした和時計が収蔵されています。

では、江戸の町に住む人々も、みんな家に時計を持っていたのでしょうか。
もちろん、そうではありません。
町の人々に時刻を知らせる役割を果たしていたのが、「時の鐘」です。
時刻になると鐘を鳴らし、人々はその音を聞いて時間を知りました。
時計をいつでも手元で確認できる現代とは、ずいぶん違う暮らしです。
それでも、当時の人々は、自然の明るさや鐘の音を頼りに、日々の生活を送っていたのです。
「おやつ」も「丑三つ時」も、江戸の時間から生まれた?
こうした昔の時刻の数え方は、実は私たちの日常にも残っています。
その代表が「おやつ」です。
江戸時代の「八つ時(やつどき)」は、現代のおよそ午後2時から4時頃。ちょうど、仕事の合間に一息つきたくなる時間帯です。
かつて、この時間に軽い食事や間食をとる習慣がありました。
八つ時に食べるものだから「お八つ」。それが、現在の「おやつ」という言葉になったのです。
農林水産省も、おやつの語源を江戸時代の「八つ刻」と紹介しています。
そして、怪談でよく耳にする「丑三つ時(うしみつどき)」も、昔の時刻の呼び方です。
江戸時代には、「九つ」「八つ」といった数字だけでなく、十二支を使って時刻を表す方法もありました。
「子(ね)の刻」「丑(うし)の刻」といった言葉です。
丑の刻は、現在のおよそ午前1時から3時頃。その時間帯をさらに四つに分けた三番目が「丑三つ」で、およそ午前2時頃を指します。
草木も眠る丑三つ時。
今でも怪談の定番として使われるこの言葉は、昔の時計の名残だったのです。
さらに、毎日何気なく使っている「午前」「午後」にも十二支が関係しています。
昼の12時頃は「午(うま)の刻」の真ん中にあたるため、「正午」と呼ばれました。
その正午より前が「午前」、後が「午後」です。
おやつ、丑三つ時、午前、午後。
ふだん何気なく使っている言葉にも、昔の人々の時間感覚が残っているのです。
昔の時間を知ると、落語がもっと面白くなる
『時そば』の「九つ」や「四つ」、江戸の暮らしに登場する「明け六つ」「暮れ六つ」。
今では少し分かりにくい表現ですが、当時の時間の数え方を知ると、登場人物がどんな時間に、どんな暮らしをしていたのかが見えてきます。
落語には、ほかにも、昔のお金の数え方や商売の仕組み、食事の習慣など、今とは違う暮らしがたくさん登場します。
けれど、それを一つひとつ勉強してから聴く必要はありません。
噺を面白がっているうちに、「昔はそんなふうに暮らしていたのか」と気づく。そんな楽しみ方ができるのも、落語の魅力です。
渋谷で定期開催している「シブチカ落語鑑賞教室」では、初めて落語を聴く方にも楽しんでいただけるよう、落語の見方や楽しみ方を紹介しながら、プロの落語家による生の高座をお届けしています。
約100分の公演で4席の落語を楽しめ、出演者や演目は毎回異なります。どんな噺に出会うかも、生の落語会ならではの楽しみです。
シブチカ落語鑑賞教室
『時そば』のように昔の暮らしを知るきっかけになる噺もあれば、時代が変わっても共感できる、人間のおかしさを描いた噺もあります。
次に「3時のおやつ」を食べるときには、江戸時代の「八つ時」を思い出してみてください。
そして、そんな言葉が今も生きている落語の世界にも、一度足を運んでみませんか。
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参考資料
国立天文台 暦計算室「暦Wiki|定時法と不定時法」
一般社団法人 日本時計協会「江戸時代の『時間』は今とどこが違った?」
セイコーミュージアム 銀座「不定時法の説明」
セイコーミュージアム 銀座「江戸時代の暮らしと時間」
日本芸術文化振興会「文化デジタルライブラリー|時刻とお金の数え方」
春風亭昇吉オフィシャルサイト「時そば」
農林水産省「『おやつ』とは、もともとどんな意味ですか?」
セイコーミュージアム 銀座「うしみつ(丑三つ)時」









