江戸時代の子どもは何を勉強していた? 寺子屋の授業をのぞいてみた

公開日:2026年10月26日
文=シブチカ落語研究所
学校に行ったら、隣の子とは違う教科書で、違う勉強をしている。
そんな教室が、江戸時代にはありました。
庶民の子どもたちが通った「寺子屋」です。当時の子どもたちは、どんなふうに文字を覚え、勉強していたのでしょうか。
江戸時代の学校「寺子屋」は、民間の教室だった!
江戸時代、庶民の子どもたちが読み書きを学んだ場所が「寺子屋(てらこや)」です。
名前に「寺」とついていますが、お寺の中にあるとは限りません。寺子屋は、読み書きのできる町人や僧侶、武士などが、自宅の一部を使って開くこともある民間の教育施設でした。
先生は「師匠(ししょう)」、通ってくる子どもたちは「寺子(てらこ)」と呼ばれます。
江戸では「手習所(てならいじょ)」という呼び方も使われていました。
寺子屋は江戸時代の後半に広く普及し、町だけでなく、各地の村にも作られるようになりました。
では、どんな子どもたちが通っていたのでしょうか。
寺子屋に通うのは、裕福な家の子どもだけではありませんでした。 商家や農家など、ごく普通の庶民の子どもたちも通っていたのです。
男の子だけでなく女の子も学び、江戸には女性が師匠を務める寺子屋もありました。
ただし、現在のようにすべての子どもが学校へ通う制度ではなく、入学するかどうかは家庭ごとに決めていました。
寺子屋には入門時のお礼や授業料が必要な場合が多く、金額や納め方は教室によってさまざまでした。お金の代わりに食べ物などを渡すこともあり、家庭の経済状況や仕事の都合によって、通えない子どももいたのです。
隣の子とは違う勉強? 寺子屋の意外な授業風景
さて、寺子屋の教室をのぞいてみましょう。
畳の部屋には子どもたちが集まり、それぞれの前に小さな机が置かれています。机の上には筆と硯、そして紙。子どもたちは師匠が書いてくれた手本を見ながら、一生懸命に文字を練習しています。
ところが、よく見ると、隣同士の子どもが同じ勉強をしているとは限りません。
寺子屋では、子ども一人ひとりの進み具合や将来の仕事に合わせて、違う内容を教えることがありました。
文字を覚え始めた子は「いろはにほへと」から練習し、少し進んだ子は数字や漢字を書きます。さらに上達すると、町の名前や地名、手紙の文章などを練習しました。
商家の子どもなら商売に必要な言葉、農家の子どもなら農村の暮らしに関わる言葉など、家庭の仕事に合わせた勉強も行われていました。
現代の学校のように、先生が黒板の前に立って全員に同じ授業をするのではなく、それぞれの子どもが自分の課題に取り組む、個別指導に近い形だったのです。
江戸時代の寺子屋を描いた浮世絵には、真面目に筆を動かす子どもたちだけでなく、ふざけたり、騒いだりしている子どもたちの姿も残されています。
子どもたちが机を並べる教室には、今と変わらない賑やかさもあったようです。
江戸時代にも教科書があった! どんな本を使っていた?
寺子屋には、現代の教科書にあたるものもありました。
それが「往来物(おうらいもの)」と呼ばれる教材です。
もともとは手紙の書き方を学ぶためのものでしたが、江戸時代になると、さまざまな仕事や暮らしに役立つ内容の本が作られました。
たとえば『商売往来(しょうばいおうらい)』は、商売に使う言葉や知識をまとめた教科書。商品の名前や商売に必要な言葉などを、文字の練習をしながら覚えられるようになっていました。
ほかにも、地名を覚える本や、手紙の文章を練習する本などがありました。
師匠が一人ひとりに書いて渡す手本に加え、こうした教科書を使って文字を習うこともあったのです。
さらに、商家の子どもなどには、そろばんを教える寺子屋もありました。
同じ「読み書きの勉強」でも、どんな家で暮らしているかによって習う内容が違う。 そこにも、江戸時代の寺子屋らしさが表れています。
字が読めない「無筆」の人々もいた
寺子屋が各地に広がっていく一方で、江戸の町には文字の読み書きができない人々も暮らしていました。
当時、読み書きのできないことを「無筆(むひつ)」と呼んでいました。
寺子屋へ通う機会がなかった人もいれば、文字を習っていても、読める漢字や書ける文章が限られている人もいました。
手紙を受け取ったら誰かに読んでもらったり、書類を書くときには代筆を頼んだり。文字を使う場面では、人の助けを借りることもあったのです。
そして面白いことに、落語には、この「無筆」の人々がたびたび登場します。
しかも、字が読めないことをきっかけに、思いがけない騒動へ発展する噺がいくつもあるのです。
字が読めないばっかりに大騒ぎ! 「無筆」が登場する落語5選
無筆の人が登場する落語を、いくつか紹介しましょう。
『平林(ひらばやし)』
商家の小僧が「平林さん」へ手紙を届ける途中、届け先の名前を忘れてしまいます。字が読めないので道行く人に尋ねますが、聞く人によって読み方が違い、ますます混乱してしまう噺です。
『手紙無筆(てがみむひつ)』
手紙が届いたものの字が読めない男が、物知りそうな知り合いに読んでもらおうとします。ところが、頼られた相手も実は無筆だったため、何とか読めるふりをしてその場をごまかそうとするのです。
『三人無筆(さんにんむひつ)』
知り合いの葬儀で、参列者の名前を帳面に記録する役目を頼まれた男たち。ところが2人とも字が書けず、何とか切り抜けようと考えた作戦が、思わぬ騒動を引き起こします。
『浮世床(うきよどこ)』
江戸の床屋で、順番を待つ町人たちが将棋をしたり、おしゃべりをしたりしています。そんな中、本を広げている男に誰かが音読を頼みますが、実はその男、字が読めないのでした。
『無筆の女房(むひつのにょうぼ)』
夫婦喧嘩をきっかけに、字が読めないことを痛感した女房が、近所の子どもから文字を習い始めます。やがて買い物の記録までつけるようになりますが、その帳面を見た夫は首をひねることに……。
このように、無筆の人々は、商家の小僧から町人、夫婦まで、さまざまな立場の登場人物として落語の世界に登場します。
そこから生まれる笑いも、文字が読めずに困ることだけではありません。
分からないのに知ったかぶりをしたり、字が読めるふりをして見栄を張ったり、頼りにした相手まで実は読めなかったり。そんな人間らしい失敗や勘違いが、思いがけない騒動に発展していくのです。
江戸の町では、文字が得意な人も、そうでない人も、それぞれの日常を送っていました。落語を聴いていると、そんな人々が入り交じる町の賑わいまで感じられます。
江戸の教室から、落語に描かれた町の暮らしへ
筆と硯を持って寺子屋に通う子どもたちもいれば、字を読めずに人を頼る大人たちもいた江戸時代。
勉強の仕方も、読み書きの得意不得意も、人によってさまざまでした。
落語には、そんな当時の暮らしの中にいた人々が、実に生き生きと描かれています。
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参考資料
文部科学省『学制百年史』「幕末期の教育」
東京都立図書館「『寺子屋』ってなに?」
東京都江戸東京博物館「江戸時代、寺子屋の授業料はいくら?」
玉川大学教育博物館「寺子屋教育(江戸期)」
柳家三三「きょうも落語日和」『浮世床』/クロワッサン
立川市図書館「デジタルの部屋【落語】」
Web千字寄席「三人無筆」
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