江戸時代にも「推し活」があった! 歌舞伎役者に夢中になった人々

公開日:2026年10月26日
文=シブチカ落語研究所
好きな俳優の舞台を見に行ったり、お気に入りの芸能人のグッズを集めたり。
そんな「推し活」は、最近になって生まれた文化のように思えるかもしれません。
ところが、江戸時代にも、好きな役者に夢中になる人々がいました。
当時の人気者といえば、歌舞伎役者。江戸の人々は、現代の私たちにも通じるような熱意で、お気に入りの役者を応援していたのです。
いったい、どんな楽しみ方をしていたのでしょうか。
江戸時代の人気スターは歌舞伎役者だった!
江戸時代、歌舞伎は庶民に親しまれた人気の娯楽でした。
江戸には大きな芝居小屋があり、町の人々が役者たちの演じる物語を楽しんでいました。
華やかな衣装や迫力のある演技はもちろん、人気役者の存在も大きな魅力です。
「あの役者が出るなら、ぜひ見に行きたい!」
そんなふうに、お気に入りの役者を目当てに芝居小屋へ通う人もいました。
特定の役者を応援することを、当時は「贔屓(ひいき)にする」といいました。
今でも「贔屓の役者」「贔屓のチーム」などと言いますが、江戸の人々にも、それぞれお気に入りのスターがいたわけです。
そして、その熱中ぶりは、芝居小屋の外にも広がっていました。
江戸時代にもブロマイドがあった? 人気役者の浮世絵
江戸の町では、「役者絵(やくしゃえ)」という浮世絵が売られていました。
役者絵とは、人気の歌舞伎役者の顔や舞台姿を描いた絵のことです。
役者がかっこよく決めた場面や、人気の役を演じている姿などが描かれ、浮世絵を売る店に並んでいました。
人気役者が出演する芝居の上演期間には、その役者の絵がよく売れたそうです。
好きな役者の姿を描いた絵を買って、手元に置いて楽しむ。 今でいうブロマイドのようなものですね。
当時の人々は、浮世絵は壁に貼ったり、手に取って眺めたりして楽しまれていました。また、芝居好きの人々は、お気に入りの役者絵を集めて、紙挟みや画帖と呼ばれるアルバムのようなものにまとめて保存することもありました。
今でも推しの写真をスマホケースに挟んだり、トレーディングカードをファイルに集めたりする人がいますが、江戸時代にも、好きな役者の姿を身近に置いて楽しむ文化があったのです。
さらに面白いのが、舞台の上では見られない役者の姿を描いた浮世絵もあったことです。
たとえば、楽屋で身支度を整えている様子や、役者たちが川辺で涼んでいる場面など。
いわば、江戸時代の「オフショット」です。
舞台では立派な役を演じているあの人が、普段はどんな顔をして過ごしているのか。
そんなところまで気になってしまうのは、江戸のファンも同じだったようです。
推しとお揃い! 役者がファッションの流行を作った
江戸時代には、人気役者の姿を描いた団扇も売られていました。
お気に入りの役者が描かれた団扇を持ち歩き、暑い日にはそれで扇ぐ。役者の名前にちなんだお菓子が売られることもありました。
そして、役者への憧れは、町の人々のファッションにも影響を与えました。
その代表的な例が、今でもおなじみの「市松模様(いちまつもよう)」です。
色の違う正方形を交互に並べた模様で、着物や小物など、さまざまなところで見かけます。
実はこの名前、江戸時代の人気歌舞伎役者「佐野川市松(さのがわいちまつ)」に由来しています。
もともとは「石畳」などと呼ばれていた模様でしたが、市松が舞台衣装に取り入れると大人気に。人々がその柄をまねするようになり、やがて「市松模様」と呼ばれるようになったのです。
好きな俳優と同じ服を着たり、同じ小物を身につけたりしたくなる気持ちは、江戸時代にもあったんですね。
人気役者の衣装が流行し、その役者の名前が模様の名前として今も残っている。
そう考えると、普段見慣れた市松模様もちょっと違って見えてきませんか。
芝居が好きすぎて、普段の会話まで歌舞伎に? 落語『七段目』
そんな芝居好きの人々は、落語にも登場します。
たとえば、『七段目(しちだんめ)』という噺。
主人公は、歌舞伎が大好きな商家の若旦那です。
あまりにも芝居が好きすぎて、店の仕事はそっちのけ。芝居小屋に入り浸り、普段の会話でも歌舞伎のせりふを使ってしまいます。
父親に仕事をしろと叱られても、返事まで芝居のせりふになってしまう始末。
呆れた父親は若旦那を2階へ行かせますが、そこでも反省するどころか、一人で芝居のまねを始めてしまいます。
しかも、様子を見にやってきた奉公人の定吉まで、大の芝居好きでした。
意気投合した二人は、今度は一緒に『忠臣蔵』の一場面を演じ始めます。
ところが、だんだん芝居に熱が入り、本物の舞台さながらの大騒ぎになってしまうのです。
好きな作品のせりふを覚えたり、お気に入りの場面を友達とまねしてみたり。そんな経験がある人なら、この若旦那の気持ちも少し分かるかもしれません。
落語らしいオーバーな騒動からは、芝居のせりふを覚えて家でもまねするほど、歌舞伎に熱中していた人々の姿が垣間見えます。
江戸の人々にとって歌舞伎は、舞台の上で鑑賞するだけでなく、日常の会話や遊びにも登場する、親しみのあるエンターテインメントだったのです。
江戸の人々も、お気に入りの役者に夢中だった
好きな役者の浮世絵を買い、団扇を持ち歩き、お揃いの模様を身につける。
江戸時代の人々も、さまざまな形でお気に入りの役者を応援していました。
そして落語には、そんな芝居好きの人々が、思わず笑ってしまうような姿で登場します。
当時の人々が何を楽しみ、どんなものに夢中になっていたのか。そんな江戸の暮らしを知ると、落語の世界もぐっと身近に感じられます。
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街で市松模様を見かけたら、江戸時代の人気役者と、その衣装をまねした人々のことを思い浮かべてみてください。
好きなものに夢中になる楽しさは、今も昔も変わらないようです。
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参考資料
国立国会図書館「推し活狂想曲|第2幕 華やかな推し 歌舞伎役者」
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小学館『サライ』「額入りでは魅力半減!江戸の浮世絵はこう観賞すべし」
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