江戸時代の消防は、水をかけなかった? 火消たちの意外な仕事

公開日:2026年10月19日
文=シブチカ落語研究所
火事が起きたら、消防士が駆けつけて水をかける。
今では当たり前の光景ですが、江戸時代の消防は、まったく違う方法で火と戦っていました。
なんと、燃え広がる火を止めるために、家を壊していたのです。
江戸の町を守っていた「火消(ひけし)」たちは、なぜそんな方法をとっていたのでしょうか。
そこには、木造家屋が密集する江戸ならではの事情と、当時の人々の工夫がありました。
火事なのに、家を壊す? 江戸の「破壊消防」
江戸時代の消防で中心となっていたのは、破壊消防(はかいしょうぼう)と呼ばれる方法です。
火事が起きると、火消たちは燃えている建物や、その周囲の建物を壊していきました。
江戸の町には、火事を見張るための「火の見櫓(ひのみやぐら)」が設けられていました。
町を見渡せるように高く組まれた見張り台で、番人が火の手を警戒し、火事が起きると鐘や太鼓などで知らせる仕組みです。
町に火事の知らせが響くと、火消たちが道具を持って現場へ駆けつけます。火の勢いや風向きを確かめ、どの建物を壊せば火を食い止められるかを判断します。
特に重要だったのは、火が燃え移る前に、風下にある家を壊すことでした。
たとえば、一軒の家から火が出て、風にあおられた炎が隣の家へ迫っているとします。このままでは、その隣、そのまた隣へと火が燃え広がってしまいます。
そこで火消たちは、まだ燃えていない家の屋根や壁を引き剝がし、柱や梁を倒して、先回りして建物を取り壊します。出火した家を壊すこともありましたが、大切なのは、火の進む先から燃えるものをなくすことです。
江戸の町には木造家屋が密集していたため、一軒の火事が町全体を巻き込む大火になる危険がありました。
一軒の家を壊すことで、その先にある何軒もの家を守る。これが江戸時代の破壊消防の考え方です。
さらに江戸では、大火の経験を受けて、延焼を防ぐための空き地や幅の広い道を設けるなど、町づくりにも防火の工夫が取り入れられました。
水は使わなかったの? 実はポンプもあった!
江戸時代の消防でも、水は使われていました。
ただし、当時の道具では、大量の水を勢いよく出し続けることは困難でした。
江戸時代には「龍吐水(りゅうどすい)」という手押し式のポンプがありました。木製の箱に取り付けられた長い取っ手を人の力で上下に動かし、中に入れた水を押し出す仕組みです。
取っ手を動かすと筒先から水が出ますが、現代の消防車のように、大量の水を遠くまで送り続けるほどの力はありません。
そこで龍吐水は、火消たちに水をかけ、火の粉や熱から身を守るために使われていました。
さらに、火消たちの服にも防火の工夫がありました。
当時の火消が着ていたのは、「刺子半纏(さしこばんてん)」と呼ばれる厚手の半纏です。
木綿の布を重ね、細かい縫い目で丈夫に仕立てたもので、火事場に向かう際には、たっぷりと水を含ませていました。
水を含んだ厚手の布で体を覆うことで、飛んでくる火の粉から身を守っていたのです。
つまり、江戸時代の消防では、水は家を壊して火を止める人々を守るためにも使われていたというわけです。
江戸の火消は、どんな道具で家を壊した?
江戸の町で消防にあたっていた「町火消(まちびけし)」には、普段は建築や屋根の仕事をしている鳶職(とびしょく)の人々が多く参加していました。
火事場では、建物の構造をよく知り、高い場所でも身軽に動ける技術が役立ちます。
火消たちが駆けつけると、まず目印となる大きな飾りを持った人が、梯子を使って屋根に登ります。
登るのは、火が燃え移る前の、まだ燃えていない家の屋根です。
そこで高く掲げられるのが、纏(まとい)と呼ばれる、長い棒の先に組の印を付けた道具でした。
纏を掲げることで、仲間たちに「ここで火を食い止める」という目標の場所を知らせます。
煙と火の粉が舞うなか、屋根の上で纏を支えるのは、非常に危険な仕事でした。
その下では、ほかの火消たちが建物の取り壊しを進めます。
活躍したのが、「鳶口(とびぐち)」という道具です。長い棒の先に鉄製のかぎが付いていて、屋根や壁に引っかけ、力を込めて引き剝がすことができます。
屋根に登る人、建物を壊す人、それを水で守る人。火消たちはそれぞれの役割を担いながら、一刻も早く火を食い止めようとしていたのです。
こうした江戸の火消は、危険な仕事を引き受ける勇敢な存在として、町の人々からも人気を集めました。
落語『火事息子』に登場する、火消の仕事
そんな江戸の火消を知ると、いっそう面白くなる落語があります。
『火事息子(かじむすこ)』という噺です。
ある質屋の若旦那は、火消の仕事に憧れ、家を飛び出して父親から勘当されてしまいます。
それからしばらくたったある日、実家の近くで火事が起き、主人と番頭は大切な品物を預かっている蔵を守ろうと大慌て。
土蔵の扉や窓の隙間を土でふさいで火の侵入を防ぐ「目塗り(めぬり)」を始めますが、慣れない作業でなかなかうまくいきません。
そこへ一人の火消が、屋根から屋根を伝って駆けつけます。
高い場所でも身軽に動き、手際よく蔵を守ろうとするその男。
実は、かつて勘当された若旦那だったのです。
江戸の火消を知って、落語の世界をのぞいてみよう
建物を壊して延焼を防ぎ、水で仲間たちを守り、火の手が迫る屋根の上で纏を掲げる。
江戸時代の消防には、当時の人々が町を守るために考え出した、さまざまな工夫がありました。
そして落語『火事息子』では、そんな火消の技術が、親子の物語を動かす大切な役割を果たします。
歴史上の仕事や暮らしを知ることで、登場人物が何をしているのか、その行動にどんな意味があるのかが見えてくる。これも古典落語の楽しみ方の一つです。
渋谷で定期開催している「シブチカ落語鑑賞教室」では、初めて落語を聴く方にも楽しんでいただけるよう、落語の見方や楽しみ方を紹介しながら、プロの落語家による生の高座をお届けしています。
約100分の公演で4席の落語を楽しめ、出演者や演目は毎回異なります。
シブチカ落語鑑賞教室
街で消防車を見かけたときには、江戸の町を駆け回っていた火消たちの姿を、少し思い浮かべてみてください。
その勇ましい姿も、家族との関係も、落語の中では今も生き生きと描かれています。
関連記事
落語にはどんなジャンルがある? 古典・新作から人情噺、三題噺まで
落語って、どう見れば良い? 初めてでも楽しめる落語の見方・聴き方
初めて落語を見る人の完全ガイド|料金・服装・マナー・楽しみ方まで
参考資料
日本芸術文化振興会「文化デジタルライブラリー|江戸の火事:火消出動のようす」
川越市立博物館「町火消について」
東京都立図書館デジタルアーカイブ「八代州河岸火消御役屋敷火之見櫓図」
NTTファシリティーズ「火事と防災は江戸の華」
三重県総合博物館「水鉄砲」
文化遺産オンライン「火消半纏 鳶口文」
消防防災資料センター(消防博物館)「龍吐水」
Web千字寄席「火事息子」









