寄席の太鼓には意味がある?一番太鼓・二番太鼓・仲入り太鼓・追い出し太鼓を解説

公開日:2026年8月16日
文=シブチカ落語研究所
寄席へ行くと、開演前や終演後に太鼓の音が聞こえてくることがあります。
落語家が高座へ上がるときの出囃子とは違い、特定の演者の登場に合わせて鳴るわけでもありません。では、あの太鼓は何を知らせているのでしょうか。
寄席では、開場、開演、仲入り、終演といった公演全体の節目を、太鼓の音で知らせる習慣があります。
日本芸術文化振興会も、寄席では開場時、公演開始時、仲入り開始時、番組終了時の4回に太鼓が鳴ると紹介しています。
それぞれ、一番太鼓、二番太鼓、仲入り太鼓、追い出し太鼓と呼ばれ、役割だけでなく打ち方も異なります。
大阪を中心とする上方では、仲入り後の再開前に「砂切(しゃぎり)」という太鼓が入ることもあり、東京と上方では寄席太鼓の使われ方にも違いがあります。
寄席の太鼓は、単なるBGMではありません。
「これから始まる」「ここで休憩」「今日はこれでおしまい」と、寄席の時間を客席へ伝える音です。
この記事では、一番太鼓、二番太鼓、仲入り太鼓、追い出し太鼓、そして上方のしゃぎりについて、それぞれどのような意味があるのかを紹介します。
寄席は「太鼓で始まり、太鼓で終わる」
落語を見に行くと、どうしても高座にいる落語家へ意識が向きます。
しかし、寄席という空間をつくっているのは、客席から見える高座だけではありません。
出演者が上がるときの出囃子、噺の中で使われる音楽、色物の伴奏など、寄席ではさまざまな音が生演奏されています。その中で、個々の演目ではなく、公演全体の時間を区切っているのが寄席太鼓です。
開場すると一番太鼓が鳴り、開演前には二番太鼓が入ります。
番組の途中で仲入りを迎えると仲入り太鼓が鳴り、トリの高座が終わると追い出し太鼓が客席を送り出します。
落語協会も、寄席について「太鼓で始まり、太鼓で終わる」と案内しています。
寄席の一日は、最初の落語家が高座へ上がる前から始まっています。
開場を知らせる「一番太鼓」
最初に鳴るのが一番太鼓です。
一番太鼓は、寄席が開場するときに打つ太鼓で、「入れ込み太鼓」と呼ばれることもあります。
鈴本演芸場の解説では、最初に太鼓の縁を「カラカラカラ」と打って木戸口が開く音を表し、そのあと「どんどん、どんと来い」と聞こえるように打つと紹介されています。
もちろん、客席で聞いていて、明瞭な日本語として「どんと来い」と聞こえるとは限りません。しかし、そのリズムには「お客さんに大勢来てもらいたい」という願いが込められています。
打ち終わりには、2本の長いバチを「入」という字の形にして太鼓へ当て、「大入り」になるよう願う縁起担ぎもあります。
寄席の外で太鼓が鳴り、木戸が開き、お客さんが客席へ入ってくる。
一番太鼓は、今日の寄席が動き始めたことを知らせる最初の合図です。
寄席太鼓は、基本的に前座が打っている
一番太鼓をはじめとする寄席太鼓は、基本的に前座が楽屋側で打っています。
前座というと、高座で短い落語を演じる若手という印象が強いかもしれません。
しかし、修業中の身分である前座は、高座返し、ネタ帳の記録、楽屋での仕事、先輩へのお茶出しなど、寄席を進行するためのさまざまな役目を担います。
太鼓も、その大切な仕事のひとつです。
横浜にぎわい座は、一番太鼓、二番太鼓、仲入り太鼓、追い出し太鼓を打つのは前座の仕事と説明しています。鈴本演芸場も、二番太鼓を前座の必修科目、追い出し太鼓を太鼓修業の難関として紹介しています。
客席に聞こえてくる太鼓の音にも、落語家の修業と寄席文化が息づいています。
開演を知らせる「二番太鼓」
開演が近づくと、二番太鼓が鳴ります。
一番太鼓が「寄席が開きました」という合図なら、二番太鼓は「まもなく始まります」という合図です。「着到(ちゃくとう)」とも呼ばれます。
鈴本演芸場では、二番太鼓を開演5分前に打つ太鼓として紹介しています。
大太鼓と締太鼓に能管という笛が加わり、「お多福来い来い」と聞こえるように打つとされています。お客さんを福の神に見立て、その福が大勢舞い込むようにという願いが込められています。
客席に座って二番太鼓を聞くと、それまで入場や着席で動いていた会場が、少しずつ高座へ集中する空気へ変わっていきます。
二番太鼓は、寄席の時間を「開場中」から「開演直前」へ切り替える音でもあります。
東京と上方では、二番太鼓のタイミングが違う
同じ二番太鼓でも、東京と上方では出囃子へつながるタイミングが異なります。
横浜にぎわい座の解説によると、東京では開演5分ほど前から二番太鼓を打ち始め、終了してから前座の出囃子が始まるまでに少し時間があります。
一方、上方では開演2〜3分前頃から二番太鼓を打ち、太鼓が終わるとすぐに出囃子へつながります。
名称や基本的な役割は同じでも、どのタイミングで打ち、どのように次の音へつなぐのかは同じではありません。こうした細かな違いも、東京の寄席と上方の寄席を見比べる面白さのひとつです。
休憩の始まりを知らせる「仲入り太鼓」
寄席や落語会では、公演の途中に休憩が入ることがあります。この休憩を「仲入り」と呼び、その始まりを知らせるのが仲入り太鼓です。
日本芸術文化振興会は、寄席では開場、開演、仲入り開始、番組終了の各段階で太鼓が鳴ると説明しています。横浜にぎわい座も、仲入り太鼓を休憩開始の合図として紹介しています。
それまで高座へ向いていた客席が一度ほどけ、トイレへ行く人、売店へ向かう人、そのまま座席で待つ人が動き始めます。
一番太鼓の「どんと来い」や二番太鼓の「お多福来い来い」のような、縁起担ぎの語呂合わせは、仲入り太鼓には特にないようです。
仲入り太鼓は、「ここから休憩に入ります」と寄席の時間割を音で知らせています。
「仲入り」と「中入り」は、どちらも見かける
休憩の表記には、「仲入り」と「中入り」の両方があります。
横浜にぎわい座では、出演者が高座から楽屋の中へ入ることから、本来は「中入り」とされる一方、お客さんがたくさん来るようにという縁起担ぎから「仲」の字が使われるようになったと紹介しています。
寄席や公演の案内では「仲入」と書かれる場合もありますが、いずれも基本的には公演途中の休憩を指します。
上方では、休憩後の再開前に「しゃぎり」が鳴る
仲入り後の再開方法には、東京と上方で違いがあります。
東京では、客席の多くが席へ戻り、会場が落ち着いたところで出囃子が始まり、次の演者が高座へ上がります。
一方、上方では、出囃子の前に「砂切(しゃぎり)」という太鼓を打ち、仲入りが終わることを知らせます。
太鼓を打ちながら客席が落ち着くのを待ち、しゃぎりが終わると出囃子へつながります。
しゃぎりは比較的速く打たれ、「そろそろ後半が始まるので、客席へ戻ってください」という役割を果たします。
東京では仲入り後に出囃子へ向かい、上方ではその前にしゃぎりという再開の合図が入ります。
「しゃぎり」という言葉はどこから来た?
「しゃぎり」は、上方落語だけのために生まれた言葉ではありません。
辞書資料では、狂言で奏される笛、祭礼や民俗芸能の行列で笛・太鼓・鉦を使って演奏する囃子、歌舞伎で一幕の終わりに奏する囃子、寄席で使われる太鼓など、複数の伝統芸能にまたがる言葉として紹介されています。
古い用例も室町末期から近世初期までさかのぼります。
つまり「しゃぎり」は、もともと祭礼や舞台芸能で、場の区切りやにぎやかな雰囲気をつくる囃子を広く指してきた言葉で、その流れの中で上方の寄席にも受け継がれたと考えるのが自然です。
一方で、「しゃぎり」という音そのものの語源や、なぜ「砂切」という漢字を当てるのかについて、信頼できる資料の中に明確な定説は確認できませんでした。
上方の寄席では、その古い芸能用語が、仲入り後の再開を知らせる太鼓の名前として現在も使われています。
「しゃぎり」は上方の寄席らしさを感じる音
上方落語を見に行って、仲入りのあとに勢いのある太鼓が聞こえてきたら、それがしゃぎりかもしれません。
東京では聞く機会の少ない音なので、「上方落語らしさ」を耳で感じられる瞬間でもあります。
「しゃぎり」という言葉は祭礼や歌舞伎などでも使われますが、上方落語の寄席囃子としても受け継がれています。
東京藝術大学の資料でも、「中入り後の砂切」が上方落語の寄席太鼓として紹介されています。
落語家がまだ高座へ出てきていない時間にも、東京と大阪の寄席文化の違いがあります。
終演を知らせる「追い出し太鼓」
公演の最後を知らせるのが追い出し太鼓です。
「ハネ太鼓」「追い出し」とも呼ばれます。
トリが一席を終えて高座を下りると、客席から見える番組は終了します。そのあとに鳴る追い出し太鼓が、お客さんを寄席の外へ送り出します。
落語協会は、「出てけ、出てけ」と聞こえるように打ち、お客さんが少なくなると打ち方を変え、最後に太鼓の縁を「カラカラカラ」と鳴らして、客席が「空」になったことを表すと紹介しています。
鈴本演芸場の解説では、最初に「出てけ、出てけ」、
続いて、お客さんがさまざまな方向へ帰る様子を「テンテンバラバラ」と打ちます。
客席から人がいなくなると「カラ、カラ、カラ」と音を鳴らし、最後に木戸の鍵を下ろす様子まで音で表します。
「出てけ」と聞くと乱暴に感じるかもしれませんが、本当に客を邪険にしているわけではありません。
一番太鼓では「どんと来い」と呼び込み、最後は「出てけ、出てけ」と送り出す。そこには寄席らしい洒落があります。
お客さんを迎える一番太鼓から、最後に送り出す追い出し太鼓まで、寄席の一日が音で描かれています。
最後の「ギー」は、太鼓の鋲をバチでなぞる音
追い出し太鼓の最後には、木戸の鍵を下ろす様子を表す音が入ることがあります。
公式の解説では「太鼓の縁をバチでこする」と簡略に説明されることがありますが、実際には、太鼓の皮を胴へ固定している縁の鋲を、バチでなぞるようにこすります。
すると、ガチャガチャ、あるいは「ギー」とも聞こえる音が鳴り、木戸の鍵を下ろして今日の興行を閉じる様子を表します。
昼席のあとに夜席が続く場合は、まだ木戸を閉めるわけではないため、最後の「ギー」を行わないこともあります。鈴本演芸場も、昼の部の終演時にはこの音を行わないと説明しています。
高座が終わったあとも、最後に木戸を閉めるところまでを太鼓で演じているのです。
追い出し太鼓を聞くところまでが、寄席の一日
トリの高座が終わると、すぐに席を立つ人も多いでしょう。もちろん、それで問題ありません。
ただ、時間に余裕があれば、帰り支度をしながら追い出し太鼓にも耳を傾けてみてください。
高座にはもう誰もいません。客席から人が少しずつ外へ出ていき、その後ろで「出てけ、出てけ」と太鼓が鳴る。
寄席という場所が、トリのお辞儀だけで突然途切れるのではなく、太鼓の音とともにゆっくり閉じていきます。
一番太鼓で開いた木戸が、追い出し太鼓で閉じる。
その音を聞くところまで含めて、寄席の一日を味わうことができます。
出囃子と寄席太鼓は何が違う?
出囃子と寄席太鼓は、役割が異なります。
出囃子は、落語家や芸人が高座へ登場するときに演奏される音楽です。
落語家は二ツ目になると自分の出囃子を持つことができ、寄席ではお囃子が舞台袖で生演奏します。
一方、一番太鼓、二番太鼓、仲入り太鼓、追い出し太鼓は、個々の出演者の登場ではなく、公演全体の節目を知らせるものです。
一番太鼓は開場、二番太鼓は開演、仲入り太鼓は休憩、追い出し太鼓は終演を知らせます。
上方のしゃぎりは、仲入り後の再開を知らせます。
出囃子が「これから誰が登場するのか」を彩る音楽なら、寄席太鼓は「公演全体が今どこまで進んだのか」を伝える音です。
寄席へ行くなら、高座の前後にも耳を傾けてみる
初めて寄席へ行くと、どうしても
「どの落語家が出演するのか」
「何の演目が出るのか」
に目が向きます。
しかし、寄席は高座の上だけでできているわけではありません。
木戸が開き、一番太鼓が鳴る。二番太鼓が開演を知らせ、出囃子とともに芸人が高座へ上がる。仲入りには太鼓が入り、最後は追い出し太鼓で客席が送り出される。
その一連の流れが、寄席という興行をつくっています。
次に寄席へ行くときは、高座が始まる前と終わったあとにも、少し耳を使ってみてください。
落語そのものとは別に、寄席という場所の面白さが聞こえてくるはずです。
寄席と一般的な落語会の違いについてはこちらの記事でも紹介しています。
寄席と落語会の違いとは?初心者はどっちがおすすめ?
寄席の太鼓を知ると、高座の外側まで面白くなる
一番太鼓は開場を知らせ、二番太鼓は開演を知らせます。
仲入り太鼓は休憩の始まり、追い出し太鼓は公演の終わりを告げる音です。
大阪を中心とする上方では、仲入り後の再開を知らせるしゃぎりも使われます。
太鼓を打っているのは、基本的に修業中の前座です。
その打ち方には、「どんと来い」「お多福来い来い」「出てけ、出てけ」といった寄席らしい言葉遊びや、客入りを願う縁起担ぎが込められています。
一番太鼓から追い出し太鼓までを通して聞くと、寄席は高座の上で落語が演じられている時間だけではないことが分かります。
木戸が開いてから最後のお客さんが帰るまで、その時間すべてに寄席の文化があります。
次に太鼓が聞こえてきたら、「今は何の太鼓だろう」と耳を傾けてみてください。
高座を見るだけだったときとは、寄席の景色が少し違って見えてくるはずです。
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参考資料
日本芸術文化振興会「文化デジタルライブラリー|寄席へ入る:寄席囃子」
一般社団法人 落語協会「寄席に行こう」
横浜にぎわい座「演芸Q&A【寄席】」
鈴本演芸場「寄席太鼓」
東京藝術大学 音楽学部 小泉文夫記念資料室「アジアの楽器図鑑|上方落語」
コトバンク「しゃぎり」
コトバンク「砂切」











