江戸時代の「いい男」ってどんな男? 落語が描く男の魅力

公開日:2026年10月13日
文=シブチカ落語研究所
「色男」「二枚目」「粋な男」。
今でも男性を褒めるときに使われる言葉ですが、江戸時代の人々は、どんな男性をかっこいいと思っていたのでしょうか。
顔立ちが整っていることなのか、身なりがいいことなのか。それとも、女性を夢中にさせるような魅力があることなのか。
古典落語にも、女性から一目惚れされる若旦那や、恋のために寝込んでしまう男性が登場します。
ところが、そうした人物の容姿が、必ずしも細かく説明されるわけではありません。
江戸時代の「いい男」とは、どんな男性だったのか。そして、落語の中ではどのように描かれているのか。当時の美意識と落語の恋模様を通して考えてみましょう。
江戸時代の「色男」は、どんな見た目だった?
「色男」という言葉には、顔立ちの美しい男性、女性にモテる男性という意味があります。
江戸時代の男性の美意識を調べてみると、今とは違った好みも見えてきます。
国立国会図書館が紹介する江戸後期の記録『反古のうらがき』によると、1830年頃には、いかにも強そうな男性よりも、体型や顔立ちが小づくりで、小ざっぱりした男性が好まれていたようです。
当時の浮世絵にも、華奢で中性的な美しさを持つ若者が描かれています。
たとえば鈴木春信の作品には、繊細な顔立ちの若衆が登場します。また、喜多川歌麿は、女性たちの恋の相手となる色気のある若者を描きました。
一方、幕末に近づくと、侠客などの勇ましい男性を描いた浮世絵も人気を集めます。
現代でも、たくましい男性を好む人もいれば、華奢で中性的な雰囲気の男性を好む人もいます。江戸時代にも、時代や流行によって理想の男性像に違いがあったのです。
また、顔立ちのよい男性を「二枚目」と呼ぶ言葉は、もともと歌舞伎に由来します。色男役を演じる役者が二枚目と呼ばれたことから、美男子そのものを指すようになりました。
人気の歌舞伎役者は、当時のファッションリーダーでもありました。髪型や着物の着こなしが流行し、その姿を描いた浮世絵も人々に親しまれました。
江戸時代にも、美しい男性の姿を眺めて楽しみ、その着こなしや雰囲気に憧れる文化があったのです。
顔だけじゃない。「粋」で「いなせ」な男の魅力
「粋(いき)な男」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
「粋」とは、身なりや振る舞いが洗練され、あか抜けていること。単におしゃれなだけでなく、相手の気持ちや、その場の雰囲気を理解した振る舞いができることにも使われます。
たとえば、相手に恩を着せることなく、さりげなく助ける。誰かが困っているときに、その人の立場を考えてうまく取り計らう。
そんな振る舞いを「粋な計らい」と呼ぶことがあります。
反対の言葉が「野暮(やぼ)」です。どれほど立派な服を着ていても、場の空気が読めなかったり、相手の気持ちを考えずに無神経なことを言ったりすれば、野暮な男と思われてしまいます。
江戸の粋な着こなしには、豪華に飾り立てるのではなく、渋い色やさりげない柄を楽しむ美意識もありました。黒や茶、鼠色などの落ち着いた色を組み合わせ、帯や小物にこだわる。そんな装いにも、その人のセンスが表れます。
また、「粋」と並んで男性を褒めるときに使われるのが「いなせ」という言葉です。
「いなせな若い衆」といえば、威勢がよく、さっぱりとした気風の若者を指します。
この言葉の由来には諸説ありますが、江戸の日本橋にあった魚河岸の若者たちが結っていた髪型から生まれたという説が知られています。魚のボラの若魚である「イナ」の背びれに似た髪型が、名前の由来になったというのです。
顔立ちの美しい「色男」、洗練された「粋な男」、威勢がよくさっぱりした「いなせな男」。
江戸には、見た目の美しさと、振る舞いのかっこよさを表す、それぞれの言葉があったのです。
女の人からも一目惚れ! 『崇徳院』の若旦那
落語にも、男女が互いに一目惚れする、なんともロマンチックな噺があります。
『崇徳院(すとくいん)』です。
ある大店の若旦那が、突然寝込んでしまいます。医者に診せても原因が分からず、食事ものどを通らない。心配した父親が事情を聞こうとしても、若旦那はなかなか話そうとしません。
そこで、親しい熊五郎が話を聞くことになります。
実は若旦那、上野の清水観音堂へお参りに出かけた際、茶店で見かけたお嬢さんに一目惚れしてしまったのです。
お嬢さんが落とした袱紗(ふくさ)を若旦那が拾ってあげると、彼女は一枚の短冊を残して去っていきました。
そこに書かれていたのが、百人一首にも収められている崇徳院の和歌の上の句でした。
「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の」
その続きは「われても末に 逢はむとぞ思ふ」。
川の流れが岩に分かたれても、やがてまた一つになるように、今は離れていても、いつか再びあなたに会いたいという恋心を表した歌です。
ところが若旦那は、お嬢さんの名前も住まいも聞いていません。もう一度会いたいと思っても、探しようがないのです。
すっかり恋煩いになった若旦那を助けるため、熊五郎は和歌を手掛かりに、町中のお湯屋や床屋を探し回ります。
そして、ようやく手掛かりが見つかったと思ったら、驚くようなことが分かります。
なんと、お嬢さんのほうも若旦那に一目惚れして、同じように恋煩いで寝込んでいたのです。
お嬢さんの家でも、彼女が心を奪われた若旦那を探すため、人を出して町中を探し回っていました。
お互いに一目惚れしていたのに、相手が誰なのか分からず、二人とも寝込んでしまったというわけです。
二人の恋模様とは対照的に、熊五郎はひたすら町中を駆け回り、大騒動を繰り広げます。
男女の恋愛を描きながら、しっかり笑える一席になっているのです。
若旦那は、どれほどの美男子だったのか?
さて、ここで気になるのが、『崇徳院』の若旦那の容姿です。
お嬢さんが一目惚れし、会えないことがつらくて寝込んでしまうほどの男性。さぞかし美男子だったのではないでしょうか。
ところが、若旦那の顔立ちや体つきについては、噺の中で細かく説明されません。
どんな目をしていて、鼻筋はどうで、背は高いのか低いのか。そんなことは、物語を楽しむうえでほとんど問題にならないのです。
お嬢さんまで恋煩いになってしまったという出来事だけで、若旦那が彼女にとってどれほど魅力的だったのかが伝わってきます。
これは、落語ならではの面白さでもあります。
映画やドラマなら、登場人物を演じる俳優の顔が見えます。どんなに美しい人物なのかも、画面に映った姿から分かります。
一方、落語では、一人の落語家が何人もの登場人物を演じます。若旦那も、お嬢さんも、熊五郎も、同じ一人の落語家が演じるのです。
登場人物の顔立ちを細かく決めなくても、会話や仕草、周囲の人々の反応を通して、その人物がどんな人なのかを想像できます。
『崇徳院』の若旦那が、どんな顔をした男性なのか。聴いている人が思い浮かべる姿は、それぞれ違うかもしれません。
ある人は、色白で華奢な美男子を思い浮かべるでしょう。別の人は、背が高く、優しそうな顔をした青年を想像するかもしれません。
それでも、二人が互いに一目惚れして、寝込んでしまうほど恋に夢中になっていることは、誰にでも伝わります。
ここに、落語の物語が時代を越えて楽しめる理由の一つがあるように思います。
美男子の条件は、時代によって変わります。しかし、好きな人のことが頭から離れず、会いたくてたまらなくなる気持ちは、現代の人にもよく分かるものです。
若旦那の顔を細かく説明しないからこそ、聴き手が自分なりの「いい男」を思い浮かべながら、物語を楽しめる。
『崇徳院』には、そんな落語ならではの魅力も感じられます。
でも、落語には「完璧ないい男」があまり出てこない?
江戸時代には、顔立ちの美しい色男や、粋でいなせな男性への憧れがありました。
ところが、古典落語をいろいろ聴いてみると、そうした理想的な男性ばかりが活躍するわけではないことに気づきます。
むしろ、見栄っ張りで、だらしなくて、恋愛もうまくいかない男たちがたくさん登場します。
大店の若旦那なのに、仕事もせず遊んでばかりいる。お金もないのに格好をつける。好きな女性を前にすると何も話せなくなる。
落語でよく見かけるのは、そんな男たちです。
たとえば『文七元結(ぶんしちもっとい)』の長兵衛は、博打に夢中になって借金を重ね、家族を苦しめている左官職人です。
とても理想の夫や父親とは言えませんが、目の前で命を絶とうとしている若者に出会うと、娘が自分のために用意してくれた大切なお金を渡してしまいます。
普段はどうしようもない男なのに、困っている人を放っておけない。そんな長兵衛の人間らしさが、物語の魅力になっています。
落語の登場人物は、顔立ちが整っていて、性格がよくて、お金もあって、仕事もできる。そんな完璧な男性である必要がないのです。
むしろ、欠点があるからこそ、その人物のおかしさや、たまに見せるよさが際立つことがあります。
色男や粋な男が、江戸の人々の憧れを映した存在だとすれば、落語に登場する男たちは、もっと身近な人間の姿を映しているのかもしれません。
落語の世界に、あなたの好きな人物を見つけに行こう
『崇徳院』の若旦那は、いったいどんな顔をしていたのでしょうか。
その姿を想像しながら実際の落語を聴くと、文章であらすじを読んだときとは、また違った人物が見えてくるかもしれません。
落語では、座布団に座った一人の落語家が、若旦那にも、お嬢さんにも、職人にもなります。声の高さや話し方、姿勢、表情を変えることで、何人もの人物が目の前に現れます。
同じ噺でも、演じる落語家によって人物の印象は変わります。気弱で頼りなさそうに見えることもあれば、上品で、恋に奥手な青年に見えることもあるでしょう。
登場人物の姿を想像する余地があるからこそ、誰が演じるかによっても、その人物の魅力が変わってくるのです。
古典落語には、色男や粋な男だけでなく、愛嬌のある女性、憎めない怠け者、世話焼きのご隠居さんなど、個性豊かな人物が登場します。そんな人々に出会うことも、落語を聴く楽しみの一つです。
渋谷で定期開催している「シブチカ落語鑑賞教室」は、初めて落語を聴く方にも楽しんでいただけるよう、落語の見方や楽しみ方を紹介する落語会です。約100分でプロの落語家による4席をお楽しみいただけます。
どんな噺に出会い、どんな人物が好きになるのか。まずは気軽に一度、生の落語を聴いてみませんか。新しい趣味として落語を楽しむ、その最初の一席にもおすすめです。
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参考資料
国立国会図書館「いい男点描―それぞれの時代の文学・芸能から― 第2章 戦国時代から江戸時代へ」
国立国会図書館「いい男点描―それぞれの時代の文学・芸能から― 第3章 近現代」
太田記念美術館「江戸の美男子―若衆・二枚目・伊達男」
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